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      《 鯖街道々中記  京は遠ても18里

                      第1巻

       ~日本酒愛好家4人組 鯖がつないだ歴史街道を往く~ 

 ことの発端は「日本酒を楽しむ会(社友会6名、他2名)」の6月例会でお酒を楽しんでいる時であった。
年配者の多くがそうであるように、話題が自身の健康状態に移った頃、誰言うとなく体力を試してみよ
うということになった。『丹後半島を一周するか』いや『丹後半島なら鯖街道だろう』『それでは鯖街道を
歩いてみるか』と酔いにまかせて話が成立。即座に5名が手を上げる。

   宮本光雄(73歳) 冶金社友会 隊長。今回宿を手配
   志田忠男(72歳) 冶金社友会 古傷の悪化により直前にリタイヤ
   松田健男(71歳) 冶金社友会 マネージメント担当。日程表など作成
   奥村克美(69歳) 宮津在住  山歩きの経験から温食類担当
   谷口 暢(54歳) 加悦在住  造り酒屋の当主。酒と情報収集担当

鯖街道について一言
   鯖街道の名が付けられたのは恐らく戦後ではないかと考えられているが、昔の奈良の都、平城宮の跡から発掘された木簡に、
    若狭から送られた魚介類・
塩が見られ、古くから若狭と京都・奈良は交流があったようである。ひと塩して若狭から運ばれた鯖
    がこの街道を通り、京の都につく頃にはちょうど良い塩加減になっていたと言われ、鯖だけでなく、多種類の海産物が運ばれた
    ようである。鯖を運んだルートは沢山あり、それらを総称して鯖街道と言う。

    ・小浜から熊川宿を経由し今津に出(九里半街道)、船で京都へ至る「琵琶湖ルート」
    ・九里半街道を通り、今津から琵琶湖の西側を陸路で辿る「西近江路ルート」
    ・小浜から遠敷川沿いを上り、根来坂峠から花背峠を越え、鞍馬街道を経て京都の出町柳に至る「根来・鞍馬ルート」
    ・小浜から周山街道を経て京都の高尾に至る「周山街道ルート」
    ・最も盛んに利用された道は、小浜から熊川宿、朽木を経由して京都の大原を通り出町柳に至る「若狭街道ルート」 
     などがある。

日程及びルートは、
  ①日 程 10月25日(火),26日(水),27日(木)
  ②ルート いろいろあるルートの中で今回挑戦するのは、一番ポピュラーな
        福井県小浜市から県道24号、国道27号、303号、367号を経由し、
        寒川峠・水坂峠・檜峠・花折峠・途中峠と五つの峠を越え、京都市内の
        出町柳に至る約75kmの「若狭街道ルート」とした。


    10.9km    5.3km      14.5km         21.2km         10.8km
小浜→→→上中→→→熊川宿→→→→朽木(宿泊)→→→→花折れトンネル→→→大原(宿泊
   11.9km
  →→→→出町柳

 10月25日(火)初日。いよいよ出発当日の朝を迎える。小浜までは電車で行くことにし、各人最寄り
駅(岩滝口、宮津駅)から乗車。小浜駅に行くには西舞鶴駅と東舞鶴駅で乗り換える必要がある。この
乗換え時にハプニングが起こる。
 地理不案内の我々は、西舞鶴駅で車掌に、東舞鶴駅での小浜方面行き電車のホームと待ち合わせ
時間を確認する。車掌から『この電車が着いた同じホームの向こうに、電車はすでに待っており、4分の
待合わせで出発する』との説明を受ける。東舞鶴駅に着くと、反対側に4両編成の電車が待っていた。
4人とも迷うことなく、少し混んでいる電車に飛び乗る。1時間もすれば小浜である。
 空席を捜しホットする間もなく電車は発車、ただし元来た方向に、である。エッ、チョット待って! 車内
放送は『次は西舞鶴』と告げている。松田、奥村隊員と同席の上品な老女が『今日のことはきっと良い
思い出になますよ』と慰めてくれた。

 10分後、我々は14分前に出たばかりの西舞鶴駅のホームに立っていた。どうやら「向こうに」を「向か
い側」と勘違いしたらしい。慌てて、すぐやってきた電車で東舞鶴駅に戻るが、次の小浜方面行き電車
1時間29分後であった。


小浜市について一言
  福井県南西部(嶺南)に位置し、面積233㎢、人口約3万の市である。3月に奈良の東大寺で行われる「お水取り」の水は、
  小浜市の遠敷川・鵜
の瀬から送られたものである。江戸時代は、浅井三姉妹の次女・初の夫である京極高次氏や、酒井氏
  などが治める小浜藩の城下町であった。この時
代から鯖の水揚げ基地になっており、鯖街道の起点となった。
  小浜市はアメリカ大統領「オバマを勝手に応援する会」、NHK朝の連続ドラマ「ちりとてちん」、NHK大河ドラマ「江」で一躍
  有名になる。
 

鯖街道の起点がある「いづみ商店街」は駅から10分足らずで、駅前繁華街の外れにある長さ100m
程の、小さな店が軒を並べた商店街であった。その街路の真ん中に「さば街道起点 若狭小浜いづみ
町」の碑が埋められ、頭上には「おいでやす鯖街道」の幕が下がっていた。

               
        いづみ商店街に架かる歓迎幕                商店街の道路に埋められた鯖街道起点碑
               
                         いざ出発! 鯖街道起点碑を囲んで
                             谷口・奥村・松田・宮本

車中、谷口隊員は『遅れたお陰で雨を遣り過ごすことが出来る』と陽気に話していたが、雨雲は真上
にいた。まるで我々が鯖街道に入るのを拒むように大粒の雨が入口を塞ぐ。急いで合羽を着、10時10
分、予定より1時間40分遅れで、鯖街道終点碑のある京都市内の出町柳に向け足を踏み入れる。
全員意気軒昂、約11km先の「上中駅」を目指し、県道24号を東に向かう。 雨は10分もするとあ
がり辺りは明るくなってきた。

 12時30分「上中駅」に到着。ここで昼飯を食べる予定であったが、先を急ぎ「熊川宿」で取る事に
する。それにしても「上中駅」は大きくて立派だ。小浜線の寂れた駅を想像していた私にとって驚きであ
った。さほど儲かっているようにも思えないし、有名な観光資源があるとも聞かない。わが最寄り駅「岩
滝口」は無人駅だ。JRとKTRの違いか。トイレを借り、装備を直し、12時50分出発。雨はどうやら
降るのを止めたようだ。大型トラックが行き交う国道303号は歩道があり歩きやすい。単調な国道を
快調に南に進む。
 14時丁度、道の駅「若狭熊川宿」に到着。「熊川宿」は丹後の伊根と同じように「重要伝統的建
造物群保存地区」に選定され、1km程に亘って古い町並みが残っている。その一番外れにある道の駅
「若狭熊川宿」で昼食を取る事にした。松田、奥村両隊員は、谷口隊員の言葉を信じ雨具をザック
にしまう。昼食は汗をいっぱいかいた身体に水分補給を兼ね、山菜うどんにする。疲れた身体にうどん
の汁が腹に染みる。ここで雨が降り出す。谷口隊員は『うどんを食べ終わるころには雨は上がる』と言う。
ところが、ところがである。うどんの量が減るに従い、雨の量は増える。食べ終わる頃にはもう土砂降り
であった。ここで谷口隊員より情報の訂正あり『上空は雨雲に覆われている、待っていても雨はあがら
ない』と。

14時25分、一旦しまった雨具を再度身に着け、雨の中を勇躍次の目標地5.6km先の国道367号と
の合流点「保坂」に向け出発する。途中「寒風トンネル」はトンネル内を、

            
                     寒川トンネル内を歩く

 「水坂トンネル」は800mと長いため迂回し、峠道を行くことにした。1.4kmで100mほど上る急な坂道
で、訓練で歩いた成相山の最後の登りに似ていたが、大型車が頻繁に通るトンネルの中を歩くよりまし
であった。
隊列は松田隊員を先頭に奥村隊員がつづき、谷口隊員は私を気遣い横に付いて歩いてい
る。以後この隊列は変わらず、谷口隊員にいたっては先頭と遅れがちな私の間を行ったり来たりの行軍
であった。

 15時45分、合流点「保坂」に到着。当初計画より1時間40分の遅れである。スタートが遅れた分そ
っくりそのまま遅れたことになる。と言うことは、日程は順調と言うことか。ここで雨に濡れた身体を温める
ため、奥村隊員が大事に運んできたコーヒーを沸かして飲みたいところであったが、止めにし先を急ぐ。

 残るは約9km先の「朽木」である。2時間程で着く。3.5kmほどゆっくりと上り、後は下りになる。この
峠を檜峠と呼ぶが、周りは一面杉林であった。この頃から辺りは暗くなりライトを点けての行軍となる。
雨は断続的に降り続いている。

 17時50分「高嶋市朽木支所」に着く。遅れた為最終バスに間に合わなかった。本日の宿「山荘くつ
き」は、鯖街道から横道にそれ、山の中腹にある。松田隊員は『歩いて宿まで行こう』と言うが、ここから
宿までは鯖街道を外れるので問題ないと判断、迎えに来てもらうことにした。宿までは約2kmの上りで
ある。歩くと小1時間かかるが車だと10分足らずであった。


                       ウェブ アニメータ
              「山荘くつき」右奥に見える通路の先にある階段を100段登ると、風呂と食堂がある

 18時「山荘くつき」に着く。長い道程であったが、宿の主人の人柄に心が和む。有難い事に乾燥室が
有った。濡
た衣類や靴など全て入れ、風呂と食事に向かう。「山荘くつき」は天空の森と言うだけあり、
風呂と食堂は部屋から100
段上にあった。外は暗闇で何も見えなかったが、日中はさぞ雄大な景色が
眺めら
れるであろうと、あれこれ想像しながらゆっくりと風呂につかり、今日一日の疲れを取る。
 風呂と食堂は宿泊客以外の地元の人も一緒である。食事はごく在り来たりではあったが、ビールと酒が
五臓六腑に染み渡る。反省会を兼ね係の女性と話が弾む。しばらくして松田隊員が朽木の銘酒「杣(そ
ま)の天狗」を所望すると、係りの女性は『評判が良く、手持ちが無くなってしまった』と言う。ここで酒造り
本職の谷口隊員が智恵を出す。『どんな酒でも手持ちをゼロにすることは無い。必ず置いてある。一押し、
二押しすれば出てくる』と。再度頼むと、余程飲兵衛と思ったのか『少しだけど、よろしいか』と2合徳利が
2本出てきた。やや辛口ですっきりした喉越しの銘酒であった。21時、大鼾組と小鼾組に別れ夢路につく。


                   
第2巻につづく・・・・・・・

                                         鯖街道颯爽と歩き隊
                                         隊長 宮本 光雄 記